小山 雲潭
   

萬家高揚日章旗
仰見昇平表典儀
不獨東風吹九陌
瑞雲靄々滿邊陲
甲午元旦
万家高揚 日章旗
仰ぎ見る昇平(=平和の世) 典儀(=儀式)を表す
独ならず東風 九陌(=都の大通り)に吹く
瑞雲(=目出度いことの起こる兆しの紫色の雲)靄々(=ほんのりと暖かく包まれ) 満辺の陲(=ほとり)
甲午(=明治27年)元旦
40.6p×130.9p

弘化2年(1845)9月生〜大正6年(1917)歿
制作年 明治27年(1894) 50歳
 下総の佐倉藩士の家に生まれる。名は環、字は無端、号を雲潭と号し、白雲散人・雉橋釣人・一橋釣人などとも称した。壮年にして書を平林晩香、剣法を逸見宗八に学んだ。
 20歳の時、伊予国大洲(現在の愛媛県大洲市)藩士、小山氏の養嗣子となり、江戸下谷に居して石井潭香に書を、漢詩を永井磐谷に、画を川口雲松に学んだ。幕末に郷里大洲に帰住し、私塾を開設して漢籍書法を教えた。また、藩主より藩校明倫堂の教授を命ぜられ、明治11年まで奉職した。
 退職後上京、有楽町に居住して大蔵省に出仕した。傍ら、南画家川村雲松に、雲松没後は川村雨谷に学んだ。大蔵省に出仕して4年、高等商業学校・私立商工中学校・早稲田中学校の教師となり、書法を教授した。
 著書に『熟語隷楷行草習字帖』や『楷行草三体千字文』などがある。
 「雲潭逸民」の下に、白文の「雉橋釣徒山環」、白文の「酔??」の落款印が押されている。

推奨サイト
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/850443/37?tocOpened=1
http://www.ic.daito.ac.jp/~oukodou/gallery/pic-1593.html


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